NLPコーチング福岡   NLPを駆使して本質に近付ける  ビリーフチェンジ  医療コーチング 福岡  コミュニケーション能力の開発

NLP コーチング

コーチングにNLPを生かす  

Q1:コーチとして活動する中で、どうしてNLPを学ぼうと思ったのですか?

もともと苦手意識のあったコミュニケーションを何とかしたい。」と言う動機からコーチングを学びました。その実践の場として、もう一つは、自分が学んだ事をクライアントと共有し、共に成長したいと言う気持ちから、コーチとしての活動を始めました。

学び続けるうちに、コーチングスキル以前に自分自身とのコミュニケーションを高める事、言い換えれば自己基盤を強化する事が、全てに優先する事に気付きました。まず自分自身を知る事、その近道としてNLPの門を叩きました。

Q2:従来のご自身のコーチングと、NLPを学んだ後のご自身のコーチングでは、何がどう変化したのでしょうか。

もともとコーチングは、成功哲学を父親に、NLPを初めとする心理学や脳科学を母親として、誕生したと言われています。

分析思考の強い私は、それぞれのルーツに辿り着き、その本質に触れたいと常々思っていました。

NLPを学んだ事で、軸足がしっかりしたのか、以前より自信を持ってコーチとして係わる事が出来るようになりました。

それに加えて、理論的な裏付を手に入れたことで、自分なりにアレンジしたコーチングが出来るようになり、オリジナリティー溢れるものになったような気がしています。

Q3:その結果、クライアントさんにどのような変化があったのでしょうか。

本質を知る事でコーチングに無駄が無くなり、効果を早く出せるようになりました。

人の行動に根本的な影響を与えている「ビリーフ」に対する理解を深めた事により、人を動かすコツがつかめたり、その人に合った戦略が立てやすくなりました。

コーチングを学ぼうとしている人に、メンターとして係わる時、コーチングを理論的に説明する事が得意になりました。

Q4:現在、ご自身のコーチングに限界や不足感を抱えていらっしゃる方にNLPをお奨めするとしたら、どのようなアドバイスをなさいますか?

もし、ご自身に限界や不足感を抱えているとすれば、コーチとしての成長を支える土壌が痩せて来ているのかも知れません。

例え多くの知識を学んでも、それを果実として実らせるには、栄養溢れる豊かな大地が必要です。

NLPには自らを知り、そしてそれを耕し、土壌を豊かにするだけでなく、その実りであなたの周りの人まで幸せにする力があります。

マスタープラクティショナーまで、NLPを学んできた私の実感としては、NLP自体まだまだ奥の深いものだと思いますが、それを追求する事で私のコーチングが深まって行くのを考えた時、つい口元が緩んでしまいます。

コーチングスキルだけを学んでも大した影響力は得られないでしょう、NLPだけを学んでも、人にどうして伝えるのか戸惑う事も有ると思います。

この二つを手に入れたとき、その効果が最大限に発揮されるのを私は体験しています。


               (NLP相談所インタビューより)



   ここからはNLPやコーチングについての、一言メモとして楽しんでください


NLP・現状維持メカニム  

ホメオスターシス・・・恒常性維持機能・・・現状維持メカニズムと言うのを、あなたは聞いた事が有りますか?

毎日暑い日が続いていますが、それにつれて体温が36度から40度になる事はありません。

やせた人が見る見る太ったり、太った人が一晩で痩せたりすることもありません。

大きな変化は人間を危険に晒すため、脳は必死になってそのままの状態をを維持するように命令を出し続けています。

その事が、身体だけではなく心にも影響を与えているのを、あなたは気付いていましたか?

頭ではよくないと理解している習慣を変えようとしたり、セミナーに参加して目から沢山ウロコが落ちたのに、暫らくすると元に戻ってしまっていたと、言う経験は沢山有ると思います。

その理由の一つに、恒常性維持機能を当てはめることが出来ます。

私たち人間の深いところでは、そのままでいいんだ、と言うシグナルがずーっと発信されているのです。

これは良くない例えかも知れませんが、宝くじに当たった人のその後の調査で、日頃に比べ急に大金を手に入れた人ほど、せっかくのお金を失ってしまうケースが多いそうです。

まさしく、そのままでいいんだ機能が働き、元の状態に戻ろうと、散財してしまうのかもしれません。

では、どうすればホメオスターシスから抜け出る事ができるのか?

次回その事に触れたいと思います。

現状維持メカニズム2  

変わりたくない、このままで良い、と言う人間の本質を理解した上で、自らの行動を変えて行くにはどうすれば良いのか、あなたの答えは見つかりましたか?

一つは、少しづつ小さな変化を重ねる事で、プログラムに違和感を感じさせる事なく、最終的には大きな変化を導き出す方法。

もう一つは、行動をコントロールしている信念(ビリーフ)に直接働きかけ、根本からの捉え方を変える、ビリーフチェンジいわゆるパラダイムシフトを起こさせる方法。

どちらも、現状維持プログラムの呪縛から逃れるには、継続という面倒なものが必要不可欠です。

大きな目標や、切実な問題などモチベーションを維持できる物がないと、いつの間にか元に戻っているのは良くある事です。

このような方法とは全く違う、現状維持プログラムが介入できないアプロ-チの存在をあなたは知っていますか?

それは自分らしく生きる事、生まれ変わるのではなく、自分を変えるのでもなく、自分の内側に目を向け、自分の可能性に気付き、本来の姿を取り戻す。

もともと持っていた自分の素材を磨き上げる訳だから、現状維持プログラムから反発されると言うより、本質を強化する意味でむしろ歓迎される事になります。

外に変化を求める前に自分の中身を充実させる。

短所を改善するより、長所を伸ばす。

どちらも現状維持プログラムの抵抗を受けない分、実現が早いように感じるのは私だけでしょうか?

コーチングを受けると   

コーチングを受ける事によってあなたが手に入れるものは、大きく分けて「夢の実現」と「問題の解決」です。

どの様にしてそれを実現するのかを、私の得意とする分析力を使って出来るだけ分かり易く説明して見ましょう。

まず、「打ち解けた気持ちで、まじめな話しをする。」と言うイメージを思い浮かべてください。

コーチングセッションは、この様な雰囲気で進めて行くのですが、日常生活の中ではあまり経験しない事だと思います。

普通、「打ち解けた気持ちのときは、和やかな軽い会話を。」「まじめな話しは、居住まいを正して正面に向き合って」と言うのが一般的ですね。

でもそれでは、あなたが本当に求めている心の中の大切な物を見つけることは難しいのです。 

その為にプロのコーチは、非日常的会話空間を作り上げ、あなたのお話を傾聴しながら、本音を引き出す効果的質問を投げかけてゆきます。

コーチングカンヴァせーションと呼ぶと、なんだか特別の事をするようですが、傍から見ていると、ゆったりとしたソファーに座った二人が、穏やかな笑みを口元に浮かべながら、楽しそうに普通の会話を交わしている様に見えるでしょう。

この、穏やかで楽しそうと言うのがキーワードです。

なぜなら、本当の気持ちは臆病で、安全安心が確認されないと出て来てくれないのです。

コーチングを受けると(2 )  

本音は、気心の知れた人にしか話さないのと一緒で、安心安全が確保された場でないと本質に迫る話はできません。

そのような場を創るため、コーチは自己基盤の整備に余念がありません。

自己基盤?、と思われたかも知れませんが、自分が安心していないと人を安心させる事はできないのです。

もし、おどおどしたり、逆に高圧的だったりするコーチがいたとすれば、その人は自分が安心していない訳だから、クライアントに安心感を与える事は無理ですよね。

ま、そんなコーチはいないと思うけど。

コーチングでは良く「答えはその人の中にある」、NLPでは「必要なリソース(資源)は、全てその人の中にある」と言われます。

それは、人は本来無限の可能性を持っているのに、自分自身で見えない蓋をしてしまい、その殆どを使っていないと言う現実から来ているのです。

像の訓練で、小象のときに大きな木に鎖で足をつなぎ、行動範囲を狭めておくと、大きく成長した後、華奢な細い木に鎖をつないでも、それ以上は動かないようになる、と言うのがあるそうです。

これと同じように、過去のほんの少しの失敗から動けなくなっている人が沢山いるのです。

安心感溢れる場で、その事に気が付いてもらい、見えない鎖を断ち切るのもコーチングの一つです。

好きな事・得意な事   

好きな事・得意な事を定義付けている文章に出会い、ツボにはまった気がして今日はその事を書きたくなりました。

あなたは、好きな事と得意な事をそれぞれ分けて考えた事がありますか?

その文章によれば、好きな事とは周りなんか気にせずそれに没頭できる事で、自分を取り戻す時間と言うか、気持ちがリラックスでき、たとえ一人でも充分それを楽しめること。

得意な事は、人に評価され称賛される事で気持ちがウキウキ、ワクワクする事、まさに「わが意を得たり」と言う状況で、周りに人がいないとそれを発揮できない。

好きな事をするには何ら努力は必要ないけど、得意な事をするにはそこそこのレベルを維持する為にある程度のトレーニングが必要。

私が何故この定義付けに拘っているかと言うと、長い間好きな事と得意な事を混同していて、どうも心穏やかならぬ状態から抜け出す事ができなかったのに気付いたからです。

私は、自分の仕事に対して、遣り甲斐は感じるけど、なぜか好きになれませんでした。

好きな事の定義の中にあるリラックスと言う物からかけ離れた、緊張の中、失敗は許されない状態で、仕事を強いられていたから。

得意なのに好きではない、これが引き起こす矛盾感にバランスを失っていたようです。

今思えば、好きなのだけど、その中の緊張感だけを捉え、嫌いと感じていたのでしょう。

沢山の良い事の中の、嫌な一つのだけに目が行って、全体の良さがわからなくなってしまう。

そんな事に気付かさせてくれた言葉たちでした。

NLP・ミスコミュニケーション  

私の知り合いのYさんの会社では、「だったろー」「だった筈では」「と、思っていた」は、一切使用禁止だそうです。

Yさん曰く、この言葉を発した時点で、相手に責任を押し付けかねないから。

ミス・コミュニケーション自体は良くある事ですが、その結果、安心・安全の欲求から自分を守ろうとし、ついその責任を相手に向けようとしてしまう。

相手にも同じ欲求があるから、そこで小競り合いが始まる。 

力関係で妥協したり、日頃の鬱憤が爆発したり、コミュニケーションの問題点がクローズアップされてきます。

どうすれば、相手に自分の真意が伝わるのか、どうすれば、相手の言いたいことを受け取る事ができるのか、この事に理論的アプローチをしているのがNLPです。

NLPの基本前提に「地図は領土ではない」と言うのが有ります。

現実の世界を領土(この表現はしっくりこないけど、ま、お付き合い下さい)とした場合、それを、それぞれの頭の中に再現したものが地図である。

現実のように山や谷や川があるわけではなく、便宜上平面に記号として表しているけど、それを元に道を間違わずに進む事ができる。

ところが、その地図を描くためのデーターを取り込むのに、以前お話しした代表システム(視覚、聴覚、体感覚)の違いによって、人によって異なる情報がインプットされる上、その人の経験によるフィルターがかけられる。

このように、現実の世界(領土)が地図に置き換えられる時、その入力データの違いから、100人いれば100通りの脳内地図が出来上がります。

現実は一つだけれど、その解釈は一つとして同じものはないことから「地図は領土ではない」と言われます。

そこに、ミス・コミュニケーションの原因の一つがあります。

次に、脳内地図に貯えられた情報を元に、それを言葉で人に伝えようとした時、新たな問題が発生します。

伝える側に、一般化(決め付け)省略・歪曲(思い込み)などによる無意識の情報操作(NLPではメタモデルと言います)が有り、受け取る側もその人の持つ一般化・省略・歪曲のフィルターを通して受け取ります。

それに加えて、メタプログラムと言う、情報に対する対応の癖(全体を見るのか、詳細を見るのか。直進型か回避型か。内部基準型か外部基準型か。など、など)

これだけの要素が絡み合っているのに、誤解のないコミュニケーションなど取れる訳がないと言うのが、正直な所です。

「正解はない、役に立つ誤解があるだけ」まさに、この世界観が必要ですね。

でも、努力の末、これらを全てマスターした自分を想像すると、なんだかワクワクして来ます。

あなたは、どう思いますか?

NLP・自信  

あなたにとって「自信」とは何ですか? 

好きな事、得意な事について思いを巡らせていた時、この二つと自信とは、どうつながるのだろうと言う興味が湧いてきました。

私の考える「自信」は一言で言えば、自分の能力を信じる事で身体に感じる安心感、安定感。

好きな事をしている時、それが好きだと言う事は自信を持って言えるけど、その時の心の状態は私の自信のイメージとは少し違うような。

むしろ、得意な事をやりながら、成功体験を積み重ねてゆく事で大きくなるのが自信。

かと言って、相対的な、他者と比較して優位である事から来る安心感だけではなさそうです。

特に自己肯定感、これは人間としての自分に対する自信と、言ってよいと私は思っているのですが、その構成要素は単純ではありません。

以前、先輩コーチに自己肯定感を高めるにはどうしたら良いのか質問したことがあります。

自己肯定感についての答えは、次のようなものでした。

1、3歳くらいまでの間に、周りから注がれた愛情によって、自分は価値のある存在だと言う自己肯定感の芽が出来上がります。その後の環境や経験によってその芽が大きくなったり小さくなったりします。

2、自分との約束を守り、それを積み重ねてゆく事で自分を信じる気持ちが強くなります。

3、人に親切にしたり、役に立つことで、有難うと言われ、自分がこの場所にいてもいいのだ、と言う気持ちが強くなります。

2番3番のように、自分の努力で自己肯定感を高める事は可能です。

ただ、1番だけは本人の意思ではどうしようもありません。

なぜか知らないけど、裏付の無い自信だけは有る、と言うあなた。

それは幼いころの環境による所が大きいそうです。

沢山の愛情で自己肯定感の芽を育ててくれた、周りの人にもう一度感謝してみては如何ですか。

NLP・五感  

外界での出来事は、私たちの五感を通じて脳の中に取り込まれます。

五感とは、視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚の五つです。

通常NLPでは、味覚と嗅覚を体感覚の中に含め、視覚、聴覚、体感覚を3つの代表システムと呼びます。

右利き、左利きの違いが有るように、事実をそれぞれ好きな感覚を経由して頭の中のデーターベースに落としこんでゆきます。

その事を理解すると、それぞれのシステムによる特徴的な違いが外から判断できるようになります。

視覚優位の人、画像(イメージ)で物事を捉える人は、想像力が逞しいというか、圧倒的な情報量の物を頭の中に起想することができます。

その為、それを言葉にして伝えるための変換作業がじれったく感じてしまい、中には話している途中で違うイメージが湧いてきて、話があちこち飛んでしまう人もいるようです。

早口で、呼吸が浅く、背筋は伸び気味で、目は少し上を向いてしゃべっている。視覚優位の人の特徴です。(黒柳徹子さん)

聴覚優位の人、外界の刺激を主に音(言葉)として捉える人は、音の強弱声の調子などにも敏感です。

言葉を使って思考を積み立ててゆくので、論理的でどちらかと言うと理屈っぽい人が多いようです。

集中すると少し首をかしげる事が多く、呼吸はごく普通ではっきりとした歯切れの良い話し方をして、目線は水平で左右に動かす事が特徴的です。(アナウンサー)

体感覚優位の人、まさに身体の感じを優先する人で、割とアスリートに多く見かけられます。

呼吸はゆったりとして、少しうつむき加減で、物事を考える時は視線が下向きになりやすいです。

何よりも特徴的なのは、心と対話しながら言葉を発するので、一語一語を搾り出すようにゆっくり話します。(相撲取りのインタビュー)

皆さんは、どの代表システムに当てはまりそうですか?

自分のことを知り、相手のことを知る。それによって、それぞれの違いを認める。

そこから、本物のコミュニケーションの一歩が始まります。

NLP・山本五十六  

人が物事を捕らえるのには、視覚、聴覚、体感覚の、3つの代表システムが有る事をお話しました。

その事についての理論付けの有る無しにに係わらず、それを体験的に理解していた人は昔から少なからずいたようです。

世界的な文芸大作とか、有名な演説などを分析してみると、視覚、聴覚、体感覚に、バランスよく訴えるようになっているそうです。

その3つは、物事を学習する時にも重要な役割を発揮します。

見て覚える人、聞いて覚える人、身体を使って覚える人、学生時代の勉強法を思い出すとすればあなたはどれに当てはまりますか?

ちなみに私は、聴覚優位なので、書きながら声を出して覚えたり、漢文なんかは江戸時代の寺子屋のように声を出して読んでいました。

今日のタイトルの連合艦隊司令長官山本五十六、若い方はご存じないかもしれませんが、以下に、この人の残した言葉を紹介します。

「やって見せ、言って聞かせて、させてみて、褒めてやらねば人は動かじ。」

それぞれの学習スタイルに漏れなく当てはまるよう教えた上で、出来た事を承認する。

素晴らしいと思いませんか?

このように古人の知恵を、現在の脳科学で裏付けてゆく事で、理解をより深める事が出来ます。

承認  

人の行動や在り方を受け入れる事を承認と言います。

褒める事とよく混同されますが、褒めると言う事は、それを伝える側の基準で良い悪いを判断し、その人の評価に左右されます。

承認は、評価を排除し、事実その物を受け入れることを言います。

例えば子供に「勉強を頑張っている○○チャンは良い子だね。」と言うのと、「○○チャンが私の子供で良かった。」のような違いです。

前者は条件付の承認とも取れますが、裏には頑張らない子は良い子ではないと言うメッセージを含んでいます。

そんな穿った物の見かたをして、と言われるかも知れませんが、言っている本人も気が付かないまま、飴と鞭でコントロールをしようとしているのです。

評価と言うのは、評価する人の価値観に合った物を良いとし、合わない物を悪いとするわけですから、それに従う人をコントロールする事になり、それに従わない人からは反発を受ける事になります。

いいなー、と思った時、それを相手に伝える事は素晴らしい事です。

その時、自分の評価を入れず、その事実によって引き起こされた自分の感情を伝えるようにして見て下さい。

「今のスピーチ上手でしたよ。」と言うより「今のスピーチを聞いてワクワクしましたよ。」と言う方が相手に素直に受け取ってもらえそうです。

特に余り評価していない人から、評価につながる発言をされると、逆に受け取れなくなるケースも有ります。

相手の良い所を見つけて、それによって引き起こされた自分の気持ちを伝える。

それが承認の基本だと私は思います。

想像力  

人の脳は、意外とオバカさんで、鮮明にイメージしたものと、実際の経験との区別が出来ないそうです。

エミール・クーエと言うフランスの学者が発見した法則に次のような物が有ります。

・意思と想像力が争えば必ず想像力が勝つ。

・意思と想像力が一致すれば、その力は足し算ではなく掛け算である。

・想像力は誘導が可能である。

その法則を使って、ビジョンを強烈にイメージすると共に、どうすればそれを実現できるのかと言う視点に立ち、それを現実化する手段を考えるのが、コーチングやNLPの基本になる考え方の一つです。

もう一つ、脳は否定語を理解できないと言うのがあります。

ピンクのイルカを思い浮かべないで下さい。

この言葉で、あなたの頭の中ではピンクのイルカが飛び跳ねていませんか?

私が、思い浮かべないで、と言ったにも拘らず。

このように、脳は何々しないの部分が理解できず、何々の所を受け入れてしまいます。

そこで気をつけないといけないのが、否定語を使った目標を定めないと言う事です。

「今度の発表会で緊張しないようになりたい」という目標を立てたとして、果たして上手く行くでしょうか?あなたはどう思いますか。

脳は、否定語を理解できないので、「緊張しない」の「緊張」に焦点を当て一生懸命緊張して、ガチガチになってしまうでしょう。

想像する事は、無限の可能性を引き出しますが、間違っても否定語を含んだ想像をしないように気をつけましょう。

必死に働いて、やっとお金を手にしたと思ったら、何故かしらそれを失ってしまう。それを繰り返すような人の中には、心の中で「貧乏にはなりたくない」と思っているケースがあるそうです。

NLP・私は大丈夫  

私がコーチングを学習したCTPでは、コーチングに於いて、クライアントの話を聴くことが最も大切だと学びましたが、その時のコーチの状態について言及する事は殆んど有りませんでした。

コーチングを学んで行く過程で、私がNLPに興味を持ったのも、その辺りに漠然とした不満を感じていたからだと思います。

誰でも人の話を聞く時に、自分の中にある過去の体験から出来上がったフィルターを経由するというお話は前にもしましたが、その人のその時の状態によって、そのフィルターの形が変わったり、厚みが変化したのでは、ニュートラルな対応が出来ません。

そこでNLPで最初に目指すのは「アイム・オーケー」の状態です。

自らが自分の中心軸を持って、五感を柔軟に使い、自分と相手との間に一貫した関係を築く、すなわち自己信頼のある状態を獲得する事が必要なのです。

自分を満たそうとして「自分の安心や安全、重要感」が手放せないと、相手を自分の枠にはめようとしてしまいます。

これでは、柔軟性や選択肢を増やすのに程遠く、相手を受け入れる事も出来ません。

自らが自分の中心軸を持つ事で「アイアム・オーケー」となり、その上で、人を受け入れ理解できる「ユーアー・オーケー」の状態になれるのです。

NLP・心の窓  

人は、外界の出来事をそのまま、皆同じように感じ取っているのではなく、それぞれの体験によって作り出された心の窓を通して、頭の中に再現しています。

その心の窓の違いによって、自分の中での受け取り方も大きく違ってきます。

よくたとえに使われるのが、コップの中の半分のお水。

これを、まだ半分も残っていると思うか、後半分しかないと思うかの違いです。

このように、一つの事実が、全く違う2つの解釈に受け取られるのです。

この受け取り方には癖のようなものがあって、まだ・・、と思う人と、・・しか、と思う人、前者を楽観的、後者を悲観的と呼ぶ事もできます。

あなたは、どちらの傾向が強いですか?

これは、誰から強制された訳ではなく、自分がその様に感じている訳だから、自分の感じ方を変えるだけで、受け取り方が変わります。

例えば、「気が短い」と言う短所ともいえる性格が、見方を変えれば「情熱的」とも受け止めれるように。

ものの見方を切り替える訓練をする事で、同じ出来事を、全く違う受け取り方をする事もできるのです。

それによって気持ちまでもが大きく変わって来るのです。

NLP・脳は空白を嫌う  

前回、脳は空白を嫌うというお話をしましたが、それにまつわる事を書いてみます。

脳の嫌いな空白が出来た時、実際はどうしていると思いますか?

分らない事は、本能的に不安とつながるので、何とか答えを探そうとする。それでも見つからない時は、今までの経験だけを使って「ま、こんな物」と大雑把なレッテルを貼って取りあえず整理をします。

その取りあえず整理したものが、時間の経過と共に思い込みに変わってゆきます。

たいした経験をしていない事でも、これはこんな物、と決め付けて、例外をなくす事で、心の安定を保とうとするのです。

これを一般化と言います。よーく見渡してみると、私たちの周りは一般かだらけです。

「最近の若い者は」、「議員さんは」、「フリーターは」、この言葉を見聞きした時、皆さんの頭には特定のイメージが浮かんで来ると思います。

全ての人にそのイメージがあてはまる訳でもないのに、その事は忘れて。

その様に、自分の体験に基づいた色眼鏡を頭の中に作り上げ、硬直したものの見方をする様になってゆくのです。

その色眼鏡が、私たちを真実から遠ざける大きな原因の一つです。

NLP・質問  

質問の大切さについて考えた事がありますか?

人は質問されたら、自然と答えを探すように出来ているそうです。

脳は空白を作るとそれを埋めようとすると言う原則に当てはめて説明すると、分り易いかも知れません。

人は、一番深いところでは安全と安心の欲求によって動かされています。

脳に空白が出来る、すなわち分らないということは、無意識のうちに不安を作り出す事になるのです。

そして、その空白を埋めるために答えを探し続けるのです。

意識の上で答えが見つからない時は、潜在意識まで動員します。

ラジオから聞こえる歌のタイトルを思い出そうとして思い出せず、その事すら忘れていた時に、突然ふっと浮んできた、そんな経験、皆さんにも有ると思います。

すぐに答えが浮ばない質問のほうが、潜在意識も巻き込んで答えを探そうとするのです。

人からされた質問でも、自分に対する質問でも、その内容によるものの見方に大きな違いが有ります。

「幸せになるには、どうすればいいのだろう?」という質問をすれば、そうなる為の答えを探す事で、何時も幸せについて考える事になり、言葉と感情はつながっているので、前向きな気持ちになれます。

「なせ、自分は不幸なんだろう?」という質問をするとすれば、その答えを捜そうとして、頭の中が不幸で一杯になってしまいます。

例え今幸せな状態にいないとしても、幸せに焦点を当てて答えを探すのと、不幸に焦点を当てるのでは、大きな違いが有るのです。

質問の仕方一つで、その人の視点(人生を)を良い方に変えて行くことが出来るのです。

NLP・メタアウトカム  

NLPでは目標の事をアウトカムと呼び、そしてそのもっと先にある目標をメタアウトカムと呼びます。

目の前にある目標をクリアーしようとする時、もう一つその先に目指すものがあると、それを通過点と思う事で力まずに実力を発揮しやすくなります。

また、チャレンジの結果思いどうりに行かなかったとしても、先に明かりが有る事で、それこそ、お先真っ暗になる事も有りません。

私たちが道に迷った時、太陽や星が道標になるように、メタアウトカムが目指している方向に導いてくれます。

その様な私のメタアウトカムを視覚化したものが今まで何度もお話してきた大きな木なのです。

意識と無意識を頭と心と言う様に関連付けたとすると、自分でも気が付かない(だから無意識と呼ぶ?)心の中で思っていた事が、水底から上がってきた空気の泡が水面でパチンと弾けるように頭に浮んできた。そんな感じがしています。

そんな人になる事を自分が心から望んでいる事を、毎日確かめています。

その訳はとてもシンプルで、それをイメージする度に、心が穏やかになり、なんともいえない安心感に包まれるのです。

名札を付ける  

生きて行く上で大切な考え方は沢山あるけど、知識として頭には有っても行動レベルまで落とし込めていなければ知恵とは呼ばないそうです。

知識を知恵に替えるにはどうしたら良いのか、いつも考えています。

日常生活の、場面場面で、その場におけるベストの対応が出来るには、タイミングを外さない事が大切です。

その為に、重要な考え方にキ−ワードを使った名札を付けて整理し、頭の中で素早く出し入れできる態勢を作り、その練習をする事にしました。

私が、最近実践している幾つかをご紹介しましょう。

○何かしようとした時に、尻込みしたり、弱気になった時のキーワード・・・「何が制限となっているのか?」

この言葉で自分の思考にストップをかけ、それは何処から来たのか、何を恐れているのかと、自問してゆきます。

○人の行動に対して批判的な気持ちになりかけた時・・・「善意が先」

まず、責めるよりも相手の行動の中に良い面を探し、その視点のまま問題点を見るようにします。

○受け入れがたい現実に直面し、気持ちが落ち込みそうな時・・・「起こった事は、全て最高でございます」

これはある物語の中で、家臣がマハラジャに言う台詞ですが、塞翁が馬に近い内容の言い回しです。演技力たっぷりに頭の中で話しかけます。

あなたのキーワードはどのような言葉でしょうか?

綴り方教室  

さあ、制限の無い自由な文章記述を、頭の中でする練習を始めましょう。

1、ねばならない系の制限緩和法

例えば、失敗してはいけない(成功しなければならない)という制限で、動けなくなっている時。

この事が上手くいくのに越した事はないけど、世の中全ての事が思いどおりに運ぶ訳も無い、結果より過程を楽しもう。

と、何度も文章を頭の中で書いてみましょう。特に楽しもうという所に力を込めて。

2、合理的ビリーフと非合理的ビリーフの見分け方

どうしても、その考えから抜け出せない時、一歩引いて、その考えを疑って見る事をして見ましょう。

思い込み(ビリーフ)の中には人生にとって有益なな物も沢山あります。例えば、人には親切にすべきだ。などと言うのは、大事にしたい一つだと思います。

その、有益なビリーフと、捨てる事でより自由になれるビリーフの見分け方は、その考えを支えるに足る事実はあるか、その考えに論理的必然性はあるか、その考え方は人を幸福にしているか、この3点に絞ってビリーフを疑って見てください。

そのアプローチから、必要でない物が炙り出されてきます。

できれば、上の2つを何度も復習をして見て下さい。

制限の無い人は明るい  

ある本に、「自分に枠をはめない人は、明るい」と書いていました。

制限が無い、自由な人は、わだかまりが無くて、うきうき楽しくなるのかな。

と言うことは、人は本来、明朗快活な生き物で、楽しいことが大好きなのだろうか?

そこまで考えるのは、少し短絡的かもしれないけど、難しい顔をして「制限を外す」なんて言っているより、よほど分かりやすく感じますね。

「明るい人になる」その目標を掲げ、それに近づこうとするだけで、なんだか上手く行きそうです。

ところが、「明るい」と言う心の状態を意識して作り上げてゆくのは意外と難しいのです。

気持ちとか感情とかは、どのようなプロセスで出現するのか考えた事、有りますか?

突然、笑って下さいと言われても、笑えないし、泣けと言われても泣けません。

例えば、あなたが誰かの前でウソ泣きをする場合、表情筋を意識的にコントロールして悲しい顔を作る事はできても、涙までは出てきません。

悲しかった事思い出し、そのイメージに入り込めた時、初めて涙が流れて来ます。

すなわち、思考が感情に先行する。思考に導かれて感情が湧き上がって来るのです。

思考とは何か、以前お話しましたが、「思考とは、頭の中での文章記述」です。

枠を外して、自由な自分を取り戻す方法として、何事にも囚われない、制限の無い文章を頭の中で書く練習を反復する事が、一番の近道だと私は思います。

自分らしさとコーチング  

最近、自分らしさとは何だろう、と言う言葉がいつも頭に浮かんでいます。

コーチングをしている時、その瞬間の私は素のままの自分だろうか?自分の本質と繋り、いつも同じ状態を維持できているだろうか?

コーチは鏡に良く例えられます。フィードバック・・・・クライアントの言動を自分の解釈を加えずに、見たまま、感じたまま、そっくりそのまま返すことで、クライアント自らの気付きを促す。と言うコーチングの最も大切なスキルの一つです。

その鏡が曇っていたり、歪んでいたり、日によって反射の仕方が違っていたのでは、的確なフィードバックが出来ないばかりか、受け取る方も戸惑うばかりでしょう。

その為には、自分をどんな状態にするのがベストなのか、その核になるものは何なのか、その事を絶えず頭の中で検索をしていて、浮かんできたのが自分らしさ。

強みを発揮している時が自分らしいのか、思い込みを外した制限をかけていない状態が自分らしいのか、はたまた、潜在意識に任せ、心の赴くまま相手によって変化するのが自分らしいのか。

考え始めたら、その事がグルグルグル頭の中を駆け巡ります。

でも、最近では、この状態を楽しめるようになって来ました。

ある日突然、素晴らしい気付きに変わることが解ってきたから。

コーチングで思い込みを外す  

今日は、私の診療室に見えた患者さんのお話をします。

いつも上から下まで黒い服を着て、一寸おしゃれな60代後半の男性です。

一通り治療が終わった後、私のアドバイスを受け入れ、歯周病の予防に月に一度は歯磨きチェックに来られます。

一生懸命歯磨きに取り組んではいるのですが、もう一頑張りが必要です。

「私は、歯磨きが下手なんです。どうしたら良いのでしょう?」と、患者さん。

「一生懸命やっいるのは、よーく解っています。」と、私。そして「歯磨きが下手なのではなく、上手になる練習の最中だ。」と考えてみたらどうですか?と続けました。

キョトンとした顔をした彼に、「脳はとても素直で、その人が言ったとおりにしようと努力するそうです。自分で下手だと言っていると、そうするために脳は頑張ってしまうのです。」といった所、私の話を解っていただけたようでした。

帰り際に受付で、「今日は、歯を見てもらった上に、生き方のヒントまで貰いました。」と楽しそうに話されたそうです。

どんな結果になるか、次回の検診が楽しみな出来事でした。

あの人とは価値観が違う、とか言う価値について  

通常価値といえば、物の値打ちを指しますが、この場合は、ひとが生きて行く上で大切にしている事柄のことを言います。

私が価値を置いている大切な物は、家族です。

長い事、そう思って来たけどそれ以上の事を考えず、大切な家族の為に頑張る、程度の認識しか有りませんでした。

たまたま、コーチングの勉強会のお題が「価値」と言う事も有り、昨日から色々考えていて、ひらめいた事が一つありました。

それは、とても抽象的な価値を具体化するのではなく、その連鎖を手繰って行くとどうなるのだろうと言う考えです。

それで、私にこのような質問をしました。「私の家族を大切にする事によって、私は何を手に入れようとしているのか?」答えは次のような物でした「責任を果たした満足感。心休まる居場所。」

次に「心休まる居場所を大切にする事で、私は何を手に入れようとしているのか?」
答え「安心と安全」

次に「安心と安全を大切にする事で、私は何を手に入れようとしているのか?その為には何が必要か?」

答え「思いやりと感謝」・・・この後は何度やっても同じ答えしか出てきませんでした。

安心感の中で育つ「思いやりと感謝」

安心感という家の中ですくすくと育つ思いやりと感謝、この事を実現するのが私の価値なのだと改めて確認し、私の家の中限定ですが、曲りなりにも実践できている事に、少しは自分を認めてやりたい気持ちになりました。

コーチングではアドバイスをしない  

コーチングに興味をもった人で、伊藤守という名前を聞いたことが有る人は多いと思います。

彼は、日本で初めてコーチングの研修機関を作り、沢山のコーチを生み出すと共に、コーチングを国内に広げた先駆者といえます。

私自身、コーチングを学び始めた頃に読んだ「もしもウサギにコーチがいたら」と言う本によって、コーチングと言うものを割とはっきりした形で把握する事ができました。

もう一つ「こころの対話25のルール」という本は、時には人を死にも追いやる事の有る寂しさはどこから来るのか、思いやりのこころはどこから生まれれるのか、人の話を聞くことの本当の意義、など著者の自己開示をしながらその本質に迫ると言う心に沁みる秀作の一つです。

真正面から切り込むのではなく少し斜めに構え、適当なユルさを感じさせる彼の物事への係わり方に共感していたのですが、最近のコーチ21の姿にビジネス至上主義を感じ、心の中に少し距離を置いている所でした。

しかし、近頃立て続けに、メーリングリストやお気に入りのブログから彼の名前を見つけ、再認識をしている所です。

その彼の主張と言うのが今日のテーマ「コーチはアドバイスをしない」でした。

確かに、コーチは、コンサルタントやカウンセラーと違い、前でも後ろでもなく並んで歩く人という認識を持っていますが、今なぜ「コーチはアドバイスをしない」なのか、原点に立って考えて見ました。

テーマだけ書いて、内容が存在しない今日の書き込みになりましたが、次回までに皆さんにもその事を考えてもらえればと思っています。

コーチングではアドバイスをしない(2)  

伊藤守さんが、メルマガや講演で、「コーチは、クライアントの自立よりも自律を促すべきだ」と言う内容の話しをされた様です。

私なりの解釈では「自立」は人の手を借りずに生きてゆくこと。「自律」とは、ある目標に向かって、自分自身で問題を解決しながら進んで行くこと。と、なりました。

どちらも、依存しない生き方につながると思いますが、「自律」のほうが、より自己責任の要素が強いと思います。

コーチを雇うことに限らず、お金を支払って何らかのサービスを受ける時、人は金額に見合った行為をしてもらうのが当然と、思っています。

食堂で、ちゃんと食券を買ったのに、材料は有りますからご自分で調理して下さい。と言われれば、ビックリしてしまいますね。

コーチングと言うものをよほど理解していないと、コーチが何かをしてくれるのを期待し、それと似たような事になってしまう例が良く見かけられます。

何かしてくれた事が上手く行けば、次にもそれを期待するようになります。そうして、コーチとクライアントの間に依存関係が出来上がってしまいます。

よほどコーチの側にしっかりした自覚がなければ、この関係は続いてゆきます。

なぜなら、コーチにとっては、コーチングの期間は継続して行くし、クライアントはコーチのアドバイスを実行することでそこそこの成果を手に入れる事ができるからです。(もちろんコーチに実力がなければ成果は出ませんが、アドバイスを受け入れてゆくことは、コーチの価値観で生きて行く事になります。)

その事を切り取って、伊藤守さんは「コーチは、アドバイスをしない。」言ったのだと思います。

その延長線上に、「自立」や「自律」が有ります。

UP TO YOU ・・・あなた次第。 突き放したように感じるかもしれないけど、それがコーチングの基本なのでしょう。

私がコーチングを学び始めた頃読んだ、コーチAの鈴木さんの本に、このような件があったのを覚えています。「コーチの仕事は、クライアントの心に自己責任と言う芽を植えつけることである。」

今改めて、その事を噛み締めています。

姪からの相談ごと  

私の姉はアメリカ人と結婚して、娘たちと一緒に30年以上米国で暮らしています。

その姪の一人が先週末、私の所へやって来ました。

社会人になるまでは、赤ん坊の時からほぼ毎年姉と里帰りしていたので、遠くにいるのに近くに感じる姪っ子です。

今回は3年ぶりの来日ですが、27歳になった彼女はしっかり女性らしくなっていました。

姉から聞いてはいたのですが、結婚の相談のためにわざわざ小倉に出向いて来たようです。

「ママが結婚に反対しているので、一年間説得をしたけどもう待てない。でも、彼も好きだし、ママも大好き。強行突破する前にもう一度説得して貰えないだろうか。」と言うものでした。

聴覚優位の彼女は、時系列に沿って、とても分かりやすく現状を話してくれました。

話しを聞きながら、自分本意でなくそれぞれの立場を思い遣ることの出来る、やさしい子に育ったことに嬉しくなりました。

でも、問題の解決は一筋縄では行きそうに有りません。

彼女の言う「石頭のママ」は、私達と違って体感覚優位で、理屈よりも気分優先のためなかなか話が噛み合わないのです。

昨夜、アメリカにいる姉に長い時間電話をしました。

まずは、姉の考えを聞き(私には感情論に過ぎないと思われたが、それはグッと抑えて)兎に角、受け入れることから始めました。

ずーっと聴いていると、30分間隔で話が同じ所を廻り始めるので、同じ所の話しに焦点を絞り、新たな視点に気付くようなアプロ−チをして見ました。

結論から言うと、私の意見はほとんど言わず、「現状はともかく、あなたの気持ちは良く分かる。でもこのままで良いのだろうか?」

「自分の理想とする結婚像に、娘を当てはめ、減点法で、あれがダメ、これもダメと言っているように私には見える。難しい提案かも知れないが、少しでも良い所を見つける加点法の視点で若い二人を見てほしい、」と伝えました。

私の真意が、姉に伝わるのを祈るのみですが、数年前の私だったら、このような係わり方は絶対出来なかったばかりか、兄弟喧嘩に発展していたかもしれません。

親子など、身近な関係ほど、コーチング的アプローチは難しいと言われていますが、今回のことで、充分役に立つことが分かりました。

コーチング・問題解決法  

先日、姪の結婚のことでアメリカの姉と話した後、その事から触発された映像が頭の中に浮かんできました。

部屋に飛び込んできた虫が、外に出ようと何度も窓ガラスにぶつかり、バタバタ音を立てています。

私が窓を開け、虫を外に逃がそうとするのだけど、その気配に怯えて、かえってガラスに強くぶつかり、それを繰り返します。

一度窓を閉めてしまい、虫を部屋の奥に追いやった後で、一気に窓を開けると、やっと出口を見つけ、自由に飛んでゆく。そんなイメージです。

問題を抱え込んで堂々巡りを繰り返している人は、視野が狭くなって解決の糸口を見失っています。

岡目八目と言うように、傍観者の方が良く見えることも有るけど、それを直接伝えても過剰に反応したりしてなかなか受け取ってもらえません。

そこで、何らかの方法で門題から引き離し、距離を置いて考えさせる。その時に新しい視点を提供することで、初めて解決の糸口を見つける。と言うメタファーとしての学びでした。

姉との話の中では、時間軸をさかのぼり、自分たちの両親の係わり方を昔を懐かしみながら話題にしたことで、少しは冷静さを取り戻したようでした。

必死になって何かをした時、潜在意識はこんな形でメッセージを伝えてくれる事が最近多くなった気がしています。

無料体験コーチングを、お気軽にお受けください。

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